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温泉発祥地
 その昔、葦の生い茂る低湿な沼地であったが、明治16(1883)年、ひとりの農夫が潅漑用の井戸を掘ったところ、うすい塩分を含んだ湯が湧き出した。
 明治16年という年は、平年と比べて雨が降らず、全国的に早魃であったと当時の記録は伝えている。
 また、灌漑用の井戸を掘ったり、田の肥料となるアンモニアを得るために井戸を掘ったことは、どこにでもあったと古老はいう。冬季に入る前には本荘村ではよく掘ったらしい。
 そこで湯がはじめて出た時の状況を調べてみると、当時の間係者の1人である川崎彌左衛門翁の実話はつぎのようである。
「字一番地の田地は、外よりちょっと高地で、水掛りが悪かったので、潅漑用の掘抜井戸を掘ろうと川崎太左衛門、川崎長左衛門の3人で相談の末、早稲田をり上げてから、明治16年の旧の9月9日の日に、木部村(坂井郡)蛸の掘抜師陶山甚兵衛氏を頼んだ。22、3回も掘り竹筒を打ち込んでから、その日は帰った。
 翌朝行って、竹筒の底の栓を抜くと、盛んに湯気を吹いて水が溢れるので、おかしいと思って嘗めてみると、生温くて塩気がある。家に持って帰って据風呂でわかしてはいってみると、大変骨が休まった。この話がもれると、評判になり方々から貰いに来た。その後、村のあちこちで掘ってみたが、もう鉱泉らしいものは出なかった。」
 このように当時の模様がかかれている。この文中にでてくる人物の川崎長在衛門は役場の戸籍簿を見ると川崎長右衛門と記入され、川崎太左衛門も川崎太右衛門と記入されているので、記憶ちがいか誤植であろう。
 いずれにしても湯の湧き出した田は字一番で、俗に「念仏田」といわれていたらしい。ここで川崎長右衛門家に当時のことが伝えられているので、参考のためにあげておく。「自分の家は村の近くに田んぼはなく、はなれたところであまり米のとれないところにあった。
 その田んぼが字一番で、念仏田ともいわれていた。
 そこは水のないところで、村の人も「ここは水がでない」といっていたが、不作のためにホンノケ(掘抜井戸)を9月9日に掘った。陶山掘抜師ば「明日から水がでる」といったので、翌朝見にいくと田んぼ一面に白い湯気がたっていて、竹筒からあたたかい湯が出ているので、なめてみると少し塩分があった。
 それからしばらくは、村の人びとが田んぼからあがるとき、足を洗うものや、湯に入るものがいたが、間もなく二間に三間の掘立小屋をつくり、こもをつって、くさまきの桶を入れた。少しぬるめではあったが、村の人やわぎわざ来た人たちは喜んで入ったという。

名称温泉発祥地
場所温泉発祥地公園
紹介温泉発祥の地には薬師如来像が遷座されている
 
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